いとう治療院ブログ

長野式鍼灸治療を語ってみる ~ 出会い編 ~

2016/4/25

  • 長野式鍼灸治療

長野式鍼灸

※専門的な内容(鍼灸師向け)のブログです。

長野式鍼灸治療を実践して早くも十数年。書籍、セミナーおよび多くの方から指導により、臨床現場にて人々へその効能を還元することができるようになりました。今回は私の長野式の出会いについて少しご紹介させて頂きたいと思います。

ひよっこ臨床家であったその当時、私が鍼灸を学んだ森ノ宮医療学園の長野式鍼灸治療を実践している教職員はおられなかったように思います。少なくとも私には認識がなかったのは確かです。また、森ノ宮出身の仲間に「長野式鍼灸」の話をしても、非常勤講師の「長野仁先生(現:森ノ宮医療大学大学院教授)」のことだと思う人が圧倒的に多い状況でした。それぐらい長野式鍼灸治療の認知度は低かったと思います。

※長野式鍼灸の開祖は大分県の鍼灸師「故・長野潔(きよし)先生」です。「長野仁(ひとし)先生」とお名前がよく似ていますね。

最初の長野式鍼灸との出会いは専門学校の図書室でした。鍼灸臨床コーナーの棚、最下部。書店に陳列されているかの如く、厚紙でカバーされた書籍。

  • 鍼灸臨床わが30年の軌跡 – 三十万症例を基盤とした東西両医学融合への試み
  • 鍼灸臨床新治療法の探求

何となくの気持ちでこの2冊を発見。この書籍に興味を持った理由は「本の色が好み」だったということだけ記憶しています。レコードやCDをジャケットで選ぶ感覚に近いですね。若い人にはわからんか・・・?

早速、開けて読んでみる。そして、すぐに閉じる・・・。全く頭に入ってこなかった。私の頭にある鍼灸臨床像とかけ離れていたのである。しかし、本のタイトルにもある「東西両医学融合」と「新治療法の探求」の二文字は強烈に頭に刻み込まれた。この二つの言葉は10数年たった現在のでも、鍼灸臨床における大きな研究テーマでもある。

さて、最初の出会いからしばらくは長野式に一切触れることこともなく、私は本をちょっとだけかじっただけの「澤田流鍼灸」の真似事をしていた。体系的に勉強していたわけではないので、臨床的にはとても稚拙であったと思う。何しろ再現性にかなり乏しい。再現性なんてかっこいいこと言う以前に鍼が本当に聞いているのか確認することもできず、患者さんの言うことをすべての情報源としていた。治療方針では、この症状にはこの経穴。脉診や腹診などの所見もそれほど取れていない。今思うと鍼灸臨床に楽しみを感じられない時代だった。(※注 当然のことですが、澤田流鍼灸に全く問題はありません。単純に本を読んだだけで臨床に活かしていた私に大きな問題があります。)

このように現場で悪戦苦闘する日々であったが、院の代表からの指示により全てが変わることになる。「澤田流と似た長野式がある。一度やってみろ」そのように言われて最初に出会ったのが「おけつ処置」である。「やっててよかった”長野式”。知っててよかった”おけつ処置”」のあの有名な「瘀血(おけつ)処置」である。

お腹を診る。臍からやや左下、やや硬い筋肉の反応(「中注」「大巨」付近)を確認。その硬さを触りながら、左の「中封」を丁寧に触診。あ!お腹がちょっと緩んだ!中封に鍼してみる。また緩んだ!鍼を動かしてみる。もっと取れる。言われるがまま、鍼を雀啄する。お腹の硬さはほとんどなくなっていた。私が、初めて鍼を思いどおりに身体に操作し、反応を得た瞬間であった。そして、この”おけつ処置”はその後も再現性を保ったまま現在も中心的な処置として身を助けてくれている。

そう、長野式は再現性が高いことで知られるのだ。極端な言い方をすると、10年選手の鍼灸師が実践する長野式鍼灸と同じことが新米鍼灸師でもできるのである。確かに言い過ぎな感はあるが、私はこの言葉を幸運にも”鵜呑み”することができた。暗中模索の施術者に”再現性”の魅力は途轍もないトキメキをもたらした。

確かに、院の代表に手取り足取り指導というよりは、口頭で「やってみろ」でできたこと。先に述べた「中注」「大巨」の反応(腹部おけつ)があれば「おけつ処置」は基本的に効く事実。この二つだけでも再現性は高いと言っていいだろう。

そのような感動を得て長野式鍼灸生活は始まった。次回は初期の勉強法について書きたいと思います。

つづく。といいね・・・。

(伊藤圭人)

長野式鍼灸治療を中心に再現性の高い鍼灸治療を実践

はりきゅういとう治療院@大阪